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眼の手術に限ったことではありませんが、手術をすれば臓器や組織の環境は変わります。
どこの手術にしろ、まず皮膚や粘膜の表面を切開してはじめますが、そうすればそこにある末梢神経や末梢血管は切れるので、これはいたしかたありません。眼の場合は視覚を司る視器ですから、その手術には視覚、視機能、つまり見え方の変化が伴います。
もちろん、本来は見え方の改善を目指して手術をするのだから当然とも言えますが、実はそこで医師と患者さんとの間で棚嬬が生じることがあります。つまり、手術の主眼が、慢性疾患の進行を遅らせたり、止めたり、さらなる悪化を防ぐのが目的という場合もかなりあります。
これは、網膜硝子体手術や緑内障手術でよくあるパターンです。ですから、手術をしても、患者さんは必ずしも効果を自覚できないことがあります。
そして、組織の環境、見え方の変更が伴うため、むしろ悪化したように感ずることもありえます。最も一般的な眼の手術、つまり白内障手術や、レーシック手術は、基本的には見え方の質を改善させるのが主眼なので、当然患者さんの意識もそこにあります。
ですから、慢性疾患の手術の場合、術後に自覚的に改善が得られないと不満に直結します。眼科の手術が手技としては完壁に行われていても、手術の成果を自覚できないばかりか、かえって悪化したと感じ、手術に負の評価を与えて、受け入れられない状態を、「眼科術後不適応症候群」と私は呼んでいます。

患者さんは、そのことに常時悩み、日常生活や、ものを考えたり感じたりする精神活動にも多大な影響を及ぼしています。そして、手術を行った医師の診断、手術への過程、手術自体に大きな疑念を持ち、しばしば「手術が失敗したのでは……」と思い込み、患者・医師間の紛争に発展する不幸な事態も起こりえます。
眼は「視覚」という高度にして精綴な感覚機能を有し、その障害の大小によらずその人の日常生活、ひいては人生に影響を与えるので、術後不適応が起こりやすい部位のひとつだと考えられます。眼科術後不適応症候群の典型例を紹介しましょう。
たとえば白内障の患者さんのエピソードです。その自覚症状はさまざまですが、白内障の場合「見え方が良くならない」「ふたつに見える」「歪んで見える」「痛みや舷しさがひどい」などさまざまです。
その患者さんは50歳の女性で、両眼のかすみを感じ、私の勤務する病院と兄弟関係にある西葛西I眼科病院を受診しました。そこで、白内障と指摘され、両眼とも手術を受けました。
ところが、術後もかすみは取れないばかりか、以前よりぼやけ、不快感が続くと言います。手術前の矯正視力は右1.0、左0.9、手術後の矯正視力は右1.2、左1.0で検査上では改善し、乱視もほとんどありませんでした。
手術は問題なく行われ、術後の合併症もなく、視力検査の成績も良好でしたので、主治医は経過をみていましたが、3ヶ月以上経っても一向に改善が自覚できず、むしろ訴えは募るばかりでした。そこで、主治医は「本院に心療眼科の先生がいるから、相談してみたら」と勧め、患者さんもなにか突破口を見つけたくて、提案を受け入れたわけです。
その先生とは他ならぬ私でした。彼女の話をよく聞き、不満を整理すると次のようなものもありました。
診察上も、手術は完壁ですし、眼科的な問題は全くありませんでした。そこで、私は、少し精神医学的手法を参考にしながら次のような対応をしました。
「確かに手術はきれいに行われており、これはどこにセカンドオピニオンを求めても同じ結論だろう」と「保証」を与えました。このような、専門家による保証は非常に大切な背景になります。
前より見えないと繰り返し訴えているのに、手術は成功しているという話ばかりで、納得ゆく説明が得られない。本当に手術前より見えないのに、「視力検査の結果は良いから」とばかり言われる。

よって、本当に成功だったのか不安になっている。「手術では、水晶体を人工の眼内レンズに置き換えているので、眼内の環境や見え方が前と変わったこと、それを見えにくくなったと感じていることはよく理解できる」、と患者さんの言っていることを積極的に支持しました。
患者さんの立場に立って、実感的、共感的に捉えることが必要です。「そのようなことをおっしゃる方は他の患者さんの中にもいて、決して特殊な、特別変わった例ではない」と伝えました。
精神病などの特殊例でないと言うことで、患者さんの不安を軽減させられます。加えて、対応している医師(私)が同様の症例を扱った経験があるから大丈夫だ、という安心感にもつながります。
「あなたの場合は、車が古くなって、燃費も悪くなったから新車に買い換えたら、運転操作が何かやりにくく、ぎこちない。前の車の方が慣れていて良かった、というような状態に似ています」、とわかりやすい話をしました。
「だから段々新しい車の運転に慣れる必要があり、それには人によって少々時間がかかるかもしれない」と話しました。これは、眼の調子が悪い、すなわち手術がおかしかった、やらなければよかった、というパターン化した思考(自動思考)の方惨向を変えるのに有効な場合があります。
つまり、精神科でいう一種の認知療法に通じます。そういう事態になりやすい因子として、強度近視、甲状腺眼症、眼臓けいれん、抗不安薬や睡眠導入薬の使用、うつ病または抑うつ傾向などがあると思われます。

臨床医学は専門化、特化が進んでおり、狭いと思われる眼科の中でもさらに専門化が進んでいるために、全体を見渡せる医師が少なくなっています。難しい症候の場合は、専門に特化することが必ずしも役に立たないこともあり、むしろ全体を見渡せる医師に出会うことが鍵になります。
それには、運を天に任すのでなく、本やネットなど情報が溢れるほどありますから、情報の質に気をつけながら(いい加減な信用ならない情報もありますから)、積極的に勉強して患者さんは、「ようやく、私の眼の事情がわかりました。しばらく慣れるように、自分でも努力します」と言って帰って行きました。
眼科術後不適応症候群は、このように眼科的に全く問題がない場合にも起こりますが、多くは術前にすでに問題を抱えている場合も少なくなく、それを患者さんが的確に表現できていなかったり、医師側が見抜けていなかったり、正しく評価できていない場合が少なくありません。繰り返しますが、健常な人は「眼」のありがたさをなかなか実感できないものですが、一旦調子が悪くなると、その人の日常生活、さらにはものを感じたり、考えたりする精神活動に著しい影響を与えます。
一度でも眼の病気になって、見え方に甚大な支障をきたしたことのある人、また現に問題を有している人にとって見えなくなることへの恐怖、心配は尋常なものではありません。網膜や視神経の病気の中には、慢性的に症状が残ったり、ゆっくり進行するものがかなりあります。
しかも、その多くは治療によっても、もとどおりの機能に戻すことはできない。そればかりか、有効な治療法がまだないものも少なくありません。
こういう病気を持った人のその後の行動様式にはいくつかのパターンがあるように思われます。

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